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アバ・ラーナーの機能的財政

訳してみました。たいへん面白い。

元のサイト
Abba Lerner (1943): "Functional Finance"



政府の第一の財政上の責任は(他の誰もその責任を引き受けられないことから)国の財とサービスの消費の総量を一定に維持することである。一定というのは、産み出されるすべての財とサービスが買われるような量のことである。消費の総量がこの量を上回れば、インフレが起こり、これを下回れば、失業が発生する。政府は、自身の支出を増やすことによって消費の総量を増やすことができる。また、減税して、納税者の可処分所得を増やしても消費の総量を増やせる。政府は、自身の支出を減らしたり、増税することによって、消費量を減らすことができる。

この機能的財政の第一法則からみて、政府が支出よりも多く徴税していたり、徴税よりも多く支出していたりしている場合がある。後者の場合は借入によるものか、金を刷っているかによって異なるのだが。どちらのケースでも、政府はこの結果について良いことだとか悪いことだとかいう風に考える必要はない。

興味深いことに、また多くの人にはショッキングでもありそうだが、必然的に考えられることは、単に政府が金の支払いを必要とするからといって税金の徴収が行なわれるべきではない。税の徴収は、納税者が消費できる金の量を減らすという目的で行われるべきなのだ。たとえばインフレを回避するために、とか。

政府は、国民が金を持たず国債を多く持つことが望ましいと考えられる場合にのみ金を借り入れるべきである。他の場合では、あまりにも金利を低くしていて、投資が過剰に誘発されており、インフレが予想される場合にも望ましいこともあるだろう。

金を刷るという行為に対してわれわれは直観的に嫌悪感を持つし、すぐそれをインフレと結びつけたがるが、これらは、金を刷ること自体は金の消費の総量には影響しないのだとわかれば克服できるだろう。

機能的財政の考え方は、伝統的な「健全な財政」主義を完全に否定するものだ。失業とインフレを防止するために、国民が保有する金と公共債の量を調節し、消費の総量を調節するということだ。そして投資の面からみてもっとも望ましいレベルの金利を達成する。必要に応じて、金を刷ったり、貯めたり、消滅させたりすれば良いのだ。

結果として、国の債務が増え続けるということになるかも知れない。しかし、機能的財政が現在の生産量に応じて需要を適切なレベルに維持しているかぎり、危険性はない。それに、機能的財政を適用した結果、長期的には予算が均衡していく自律的な傾向がある。財政均衡主義の居場所などないにも関わらず。

国民が貸し続けるかぎりにおいて、国の債務が何桁になっても何の差支えもない。国民が貸し続けるのを嫌がり始めたら、そして貯蓄をし始めたら、政府は金利やその他の債券に耐えられるようにカネを刷れば良い。それでどうなるかといえば、国民が国債の代わりに政府の通貨を保有するということであり、政府は利払いの増加から解放されるというだけだ。国民が消費して、消費の総量が増えれば、政府は借入の必要がなくなる。そして消費の総量があまりにも大きくなり過ぎたら、そのときこそインフレを防止するために課税すべきときだ。いずれのケースでも、機能的財政は、シンプルで、準自動的な結果を期待できる。




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