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ソロスによる世界経済の展望

ヘッジファンドの草分けジョージ・ソロス氏は、たいへん興味深い人物である。英国ポンド危機などを利用して巨万の富をつくりあげた後、開かれた民主的な社会を構築するためにOpen Society財団を創設。さらに、世界が解決すべき経済的問題に取り組むために、新しい経済思考を発信するInstitute of New Economic Thinking(訳すと、新経済思考協会とでもなるだろうか)の創設にも関わった。

このソロス氏が、1月2日に、変わりゆく世界経済についてProject Syndicateなるサイトに投稿しており、これまた興味深い内容だったので、訳してみた。

中でも注目すべきは、第一次世界大戦後、ドイツが、負わされた賠償金やフランスが引き起こしたルール問題※によって経済的に消耗し、ヒトラーを生む土壌が形成されたこと、そしてそれを今、ドイツのメルケルが再現しつつあるという懸念である。ソロスのこの懸念については、長年のデフレをようやく脱却できるかどうか瀬戸際にいるわれわれも、よくよく考えるべきだろう。われわれの国では、土壌はすでに形成され、ヒトラーはすでに台頭してしまっただろうか?いやいや、もちろん、まだ間に合う。これから数年の間に、どのような政党が必要とされているか、ということである。

※ルール問題は実際にはソロスは触れていない。ルール問題の収拾に尽力したと言われるアリスティード・ブリアンに言及しているだけだ。ソロスはブリアンを、賠償金にこだわったためドイツを困窮に追いやった張本人のように書いている。わたしはブリアンについてまだあまり知らないので、一応この程度をメモ。



ジョージ・ソロス「世界経済の展望」
2014年1月2日

2013年の終わりにあたって、世界で経済的にもっとも影響力のある国々で成長を復活させる試みは、世界中に良い影響をもたらしている(ただしユーロ圏を除く)。世界経済にとって今後起こり得る問題は、政治的な性質のものだ。

25年のスタグネーションの後、日本は、かつてない規模の量的緩和を行い、経済に再び息を吹き込もうとしている。リスキーな実験ではある。急速な成長は金利を上昇させ、債務返済が不可能になる可能性がある。しかし安倍晋三総理は、日本に緩慢な死の宣告を下すよりは、そのリスクを取る方を選んだのだ。また、公衆の熱心な支持から判断するに、一般の日本国民もそれを選んだ。

それとは反対に、EUは、日本が死に物狂いで逃れようとしている長年のスタグネーションの一種に向かっている。その賭け金は高くつく。国民国家それぞれは失われた10年をもう一回生き延びることができるかも知れないが、国民国家の不完全な協同体であるEUは、スタグネーションを経験すれば容易に崩壊してしまうだろう。

ユーロの設計は、ドイツ・マルクを手本にしたものだが、致命的な欠陥がある。共通の国債なしに、共通の中銀をつくることは、政府の債務がどの国もコントロールできない通貨建てとなっているということだ。つまり、必然的にデフォルトのリスクを負っている。2008年の危機のあと、いくつかのEUメンバー国は過度に負債を抱えることになった。そしてリスクプレミアムはユーロ圏を、恒久的な債権者と債務者に分断してしまった。

この欠陥は、個々の国債をユーロ債に置き換えることで解決することはできる。しかし不幸なことにドイツの首相アンジェラ・メルケルは、ドイツ国民のヨーロッパ統合に対する態度が急進的に変わってきていることを背景に、その可能性を排除した。再統一にあたり、ドイツは統合の主導者だった。いまや、コストが重荷となり、ドイツの納税者は、ヨーロッパの債務者のための資金源となることを嫌がっている。

2008年の危機の後、メルケルは各国が自国の金融機関の面倒を見ること、政府債務は全額返済されなければならないことを主張した。それと自覚せずに、ドイツは第一次世界大戦後のフランスの悲劇的過ちを繰り返しつつある。当時のアリスティード・ブリアン仏首相の、賠償金へのこだわりが、ヒトラーの台頭につながったのだ。同様にアンジェラ・メルケルのポリシーは、ヨーロッパの他地域で過激派の台頭を引き起こしている。

現状のユーロをそういった合意が支配しているのは、今後もドイツは、共通通貨を維持するのに必要最低限のことしかしないとみなされているからだ。そして市場と欧州の権力筋が、いかなる国であってもその合意に反論するならお仕置きしようとしているからだ。とはいえ、金融危機のもっとも深刻な状況は過ぎ去った。欧州の財政当局は、緊縮策が逆効果だと暗に認めつつある。そして追加的な緊縮財政政策を押しつけるのを止めるようになった。これにより債務国は多少息継ぎできるようになった。成長の見込みがないとはいえ、金融市場は安定してきた。

将来の危機は政治的なところから発生するだろう。まさにそれは起こりつつある。EUがあまりにも内向的だったため、シリアやウクライナといった外部の脅威に適切に対応してこなかった。しかし見通しは絶望的というわけでもない。ロシアからの脅威の復活は、欧州の分裂への進行を逆転させ得る。

結果として、危機はEUが、急進的な変革への熱狂を呼び起こす「なにか素敵なもの」ではないことを明らかにした。以前、対等な国家の自発的な協同体(結社)が、共通の善のために主権の一部を犠牲にするという、開かれた社会の理念の具現化とされていたものは、ユーロ危機によって、もはや自発的でも対等でもない、債権者と債務者の関係へと変質してしまった。まさに、ユーロはEUを丸ごと破壊し得るのだ。

ヨーロッパと対称的に、米国は先進国中の最強の経済となりつつある。シェールエネルギーは、大きくは製造業に、また特に石油化学について重要な競争力を付与した。銀行と家計のデレバレッジはそれなりに進んでいる。量的緩和は資産価値を押し上げてきた。住宅市場は改善し、建設業界の失業も低下している。差し押さえによって引き起こされた景気悪化はほぼ解消しつつある。

それより驚いたのは、米国政治の両極化が停まる兆候が見えたことだ。二大政党制は2世紀の間、そこそこうまく機能してきた。両党が総選挙において中道層の獲得のために競争する必要があったからである。最近になって、共和党は宗教と市場の原理主義者連合に占拠され、さらにネオコンによって強化されて極右化した。民主党は中道層の獲得のために巻き返しを試み、二つの党は結託して選挙区の区割りを行なった。その結果、活動家が支配する党予備選挙が、総選挙に優先するようになったのである。

これはアメリカ政治の両極化を終わらせた。最終的には、共和党のティー・パーティー派は強く出過ぎてしまった。最近の政府閉鎖に関する大失態の後、共和党のエスタブリッシュメントの残党が力を取り戻し始めた。彼らがまた二大政党制を復活させるだろう。

世界が直面する不確実性は、ユーロではなく、中国の将来の方向性だ。その急成長に寄与してきた成長モデルは、力尽きつつある。

このモデルは、輸出と投資の成長を引っ張るために、家計の財政の抑制に依存していた。そのため、家計はいまやGDPの35%に縮小し、現在の成長モデルの財源として十分な貯蓄はなくなった。このため様々な形態の借入による資金調達が指数関数的に増えてきた。

これは2008年の危機に先立つ数年間の米国金融の状況と不気味な相似性がある。しかし重要な相違点もある。米国では、金融市場は政治を動かす傾向がある。中国では、国家が銀行と経済の大部分を保有し、共産党が国有企業をコントロールしている。

危険を自覚して、中国人民銀行は2012年に債務額の引き締めを始めた。しかし引き締めが現実的に経済を損ない始めたとき、共産党はその支配力を行使した。2013年7月、指導者は鉄鋼業界に炉を再始動するよう指示し、中国人民銀行に資金を供給するよう命じた。経済は方向転換した。11月には、第18期中央委員会第三回全体会議で、広範囲に及ぶ改革を発表した。こうした進捗は、大枠で言って世界の展望を明るくしている。

中国は、構造改革よりも経済成長を優先するという正しい選択をした。構造改革は、緊縮財政とともに行われると、経済を錐揉み状にデフレへと叩き落とす。しかし、中国の現在の政策には、解決されていない自己矛盾がある。炉の再始動は、指数関数的に債務を増加させ、2年以上持続することができないだろう。

いつどうやってこの矛盾を解決するかによって、中国と世界に深刻な影響がある。中国でこれが成功すれば、経済的改革とともに政治的改革をも引き起こすだろう。失敗すれば、この国の広い信頼を損なうことになる。それは国内での抑圧と、国外での軍事対立を引き起こすことになるだろう。

他の未解決の問題は、適切なグローバル・ガバナンスの不在である。国連安全保障理事会の常任理事国5か国で合意されないということは、シリアのような国々で、人権の危機を悪化させている。地球温暖化の対応についても言うまでもない。しかし、今後数年に顕在化する中国の難問とは異なり、グローバル・ガバナンスの不在は、果てしなく続く問題である。


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