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ラトビアのユーロ導入とEUの緊縮政策

一昨日の1月1日、バルト三国の一つラトビアでは、10年前からの懸案であるユーロ導入がようやく実施された。

それをめぐって、懸念が表明されている。

Mad Latvia defies its own people to join the euro(マッドなラトビア、自国民を無視してユーロ加盟)
By Ambrose Evans-Pritchard Economics
Telegraph Blog: Last updated: July 9th, 2013

「ラトビア人の22%しかこの愚行を支持しておらず、53%が反対している」「ラトビアの失業率はピークの20.5%から11.7%まで下落しましたが、7%が失業者名簿からドロップアウトしました(労働者の諦め感はEUトップ)。 国民のおよそ10%が国を去りました」


わたしは、EUの緊縮的な財政政策・金融政策については批判的だが、統一通貨自体については、まだデメリットをメリットが上回るのかどうか判断できていない。というよりも、むしろ、通貨の統一は必要なのではないか、という気持ちが捨てきれないので、こういう出来事には興味を惹かれる。

とりあえず少し背景が知りたいと思い、調べてみた。

ラトビアは、東はロシアと国境を接し、西は海を渡ればスウェーデンだ。かつてはスウェーデンに支配されたこともあった。ロシアとの交易も盛んでありながら、北欧の文化も色濃く影響し、文化的にも経済的にも発展した美しい国である。
参考:ベルギー駐在員写真日記 バルト三国旅行記 ラトビア編

第二次世界大戦を機にソ連に併合されてから、産業の発展したバルト三国には、多くのスラブ系ロシア人が送り込まれ、1970年にはラトビアの首都リガにおけるラトビア人の割合は、4割にまで低下していたという。(NHKブックス『分裂するソ連』)
ラトビアにおいて、第二次世界大戦時からずっと、文化的に北欧と親交の深かったラトビア人と、社会主義・共産主義のロシア人との対立が続いていたということは気に留めるべきことかと思う。

そんな中、リーマンショックが起きた頃にはこういう状況であった。

危機前と後のラトビアの二度の議会選挙は、果てしない民族政治となった。緊縮政策は、大半が民族的にラトビア人である政党と結びついており、より社会民主主義的な代替案は、民族的にロシア人である政党と結びついていた


それぞれの民族コミュニティーが経済政策を巡って分裂していたのは確かだが、依然としてソ連占領のトラウマを抱え、2008年の危機後、どのような経済政策をとるべきかを巡って分裂していた国において、主として、民族的な枠組みによる経済政策が、緊縮政策が優勢となるのを保証した


(ともに「ラトビアの経済破綻、新自由主義の“サクセス・ストーリー”: ヨーロッパとアメリカの模範としてもてはやされる」より引用)

緊縮策 VS. 社会民主主義だけでなく、西欧 VS. ソ連(支配時および崩壊後の影響)という対立軸もあって、たいへんに複雑な状況のようである。経済論争と民族対立が重なってしまっているなんて、まったく、考えただけでも悪夢だ。

マッドなラトビア、自国民を無視してユーロ加盟」では、国民(約220万人)の10%が国を去ったと書かれている。記事の題名からしてあたかもユーロ加盟のせいのように思えるが、隣国ウクライナでは、「1993~2013年に実に650万(1993年の12.5%)もの人口が失われている」という。(「東欧人口の流出問題」)その原因は、「体制転換(※ソ連崩壊のこと)のおかげで国境が開放されて、人々が国外移住の自由を手にしたため」とある。

ちなみに在ラトビア日本国大使館のサイトでは、毎年1万人前後の労働者がEU諸国へ流出していると書いてある。

さて、リーマン・ショック後に起きた欧州ソブリン危機において、ラトビアはひときわ激しいダメージを受けた。これは2004年のEU加盟後、スウェーデンなどから過剰な資金供給を受けて、資産バブルが起きていたためだという。しかしスウェーデンの銀行は結局資金を引き揚げることなく、ラトビアにおける金融危機をおさえこんだというのだ。

これに関するレポートに、次のように記されている。

実際に、中東欧・バルト3国に進出した欧州系の銀行は、損失をかかえながらも、進出先から撤退していない。このように、EUの脈絡においては、親銀行の全てが各種の対応策を実施し、子会社が所在する構成国の銀行市場の安定性を高めている。

この点は90年代の東アジア通貨危機下の外国銀行の行動(資金の引き揚げや支店・子会社の閉鎖)などとは明確に異なっており、EU域内に展開された外資主導型銀行制度が有する安定的側面の一端を現していると考えられる。

これら諸国では、2007年以降、バブル崩壊やカレンシーミスマッチ問題に直面したが、危機がアジア通貨危機の経路をたどって展開するのを阻止しているEU独自の要因が読み取れる(北欧の親銀行による強力なコミットメントやERMIIからユーロ導入までの間の固定為替相場制度への強いコミットメント等)。

中東欧諸国・バルト3国の銀行市場(PDF)


このアジア通貨危機時との違いについては、日本がアジア通貨危機時に演じた役割と比べてしまう。当時日本の金融機関も自らの身の対処に必死だったということを勘案しても。

ジョージ・ソロスは、『グローバル資本主義の危機』の中で、日本は膨大な外貨準備と増大する巨額の貿易黒字があって、銀行システムに資本を注入して景気を刺激することなど朝飯前だったのにしなかったと、若干非難めいた調子で書いている。スウェーデンはさすがに世界最古の中銀を設立しただけのことはあって、対処に長けている、と感心してしまう。

これら北欧の銀行が、「ラトビアの経済破綻、新自由主義の“サクセス・ストーリー”: ヨーロッパとアメリカの模範としてもてはやされる」に書かれるマネー・ロンダリングとかかわりがあるのかどうかまでは、わからないのだが。

かくして一応、ラトビアの経済は復活し、現在はGDP成長率年5%前後を保っている。

しかし、過激な緊縮財政を行ったため、国民の不満により政権は崩壊し、貧困状況も悪いままだ。

急に公務員給与や民間給与の30%の引き下げや、福祉予算の削減を実施しなければならなくなり、国民の不満は頂点に達して09年2月には政権が崩壊してしまった
(21.11.15) ラトビア経済の崩壊とスウェーデンの憂鬱


ラトビアでは子供の43.6%が貧困と社会的疎外の危機にあることが明らかになった。ラトビアの状況はEU加盟国としては,ブルガリア(52%),ルーマニア(49.1%)に次いで深刻で,他のバルト諸国よりも状況が悪いことが示された(リトアニア:33.4%,エストニア:24.8%)
ラトビア月報(2013年2月)



ラトビアは隣国エストニアとともに、ITの発達でも知られている。高度教育が施され、文化も産業も発達した国で、子どもの貧困がもっと少なくできないわけがない。

この国におけるソ連崩壊後の混乱や、民族対立が、より一層、緊縮策を頑固に支えているのかも知れない。

EUに加盟したことが良かったのか、ウクライナのように、ロシアとの関係を深めるべきだったのか、いまとなっては、彼らは迷うこともできない。しかし、GDP成長率が5%あって、貧困状況が悪いということであれば、緊縮政策をやめ、雇用支援や貧困層への給付といった、社会保障政策により大きく予算を配分していくしかないと思われる。

「ラトビアの経済破綻、新自由主義の“サクセス・ストーリー”: ヨーロッパとアメリカの模範としてもてはやされる」に書かれているように、本当にラトビアに「ネオリベラル連中」がひどくはびこっていて、ロシアだけでなく西欧からも食い物にされているのか、それともラトビアのエリートはそれほど悪意でも貪欲でもなく、一応がんばって国民のために働いていて、せいぜい日本の政治家程度の利欲なのか(それでも十分貪欲だと思うが)、真相はその中間ぐらいにあるのだろう。

ラトビアの腐敗認識指数は53で、ロシアの28よりは、はるかに汚職などの度合は低い。(ちなみに日本は74で、最も認識指数の高いデンマークは91である)

ラトビアのエリートがどのように振る舞うかは、その国民自身が選び取っていくしかないが、せめてEUが全体として、貧困層への社会保障と雇用に力を入れ、それに必要な財源は緊縮から外す方向に、早く方針変換することを望む。そうした方針(貧困層支援)を打ち出すことで、ラトビアのエリートも考え直していけるかも知れない。
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