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日本には賃金の下方硬直性はなかった

10月末には日銀があっと驚く追加金融緩和を発表して、円安が一段と進行。外国人たちが割安になった日本株を購入したせいか、株価も一段と上昇。

ちまたでは、バイトの平均時給がちょびっと上がった模様。

●東日本エリア全体の平均時給は、前年同月比26円増の975円
●西日本エリア全体の平均時給は、前年同月比20円増の922円
~関東4都県の「製造・建設・労務職」が対前年同月比で30ヶ月連続プラス~

●関東4都県(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)の平均時給は992円
●関西3府県(大阪府、兵庫県、京都府)の平均時給は942円
株式会社アイデム ニュースリリースより



しかし、そもそも時給1000円だとしても、一日8時間、月に21日働いたとして、年収201万6千円である。現在非正規の労働者に占める割合は37・5%。多くが低賃金で働いている。

この中にはもちろん、夫が正社員で十分に収入があり、金銭的には困っていないがずっと家にいるのも暇だし能力が活用されなくてつまらないので働いている妻なども入っている。

しかし、不本意に非正規でいる人も多い。2012年に発表された「望ましい働き方ビジョン」の資料を見ると、「不本意非正規就業者は 22.5%(2010年)※約400万人弱」とされている。(筆者もそのうちの一人である。)
「望ましい働き方ビジョンの概要(PDF)」

こうした状況はデフレに原因があるとのことで、打破すべく金融緩和が実施されている。しかし実際に企業の設備投資増にあらわれてくるのは、少し時間がかかるという話である。

金融緩和の後、どういう経路で実現するかもわからない企業の正社員採用増に、手をこまねいていないで何とかならないものだろうか。そんなもどかしい思いをしていたら、11月26日、hamachan先生のブログ経由で経済同友会が次のような提言をしたことを知った。



提言は素晴らしいもので、おいおいその他の部分も感想を書きたいが、取り急ぎ問題意識として、日本ではデフレ時代の長きにわたって、《雇用の「質」より「量」が優先されたために、賃金の上昇は抑えこまれてしまった》と指摘されていることに注目したい。

そして、たまたまだろうが、同じ頃、某所のオフレコの講演では「日本は雇用と引き換えに賃金の切り下げを受け入れた。それがデフレの原因」という話がされていたという。

そう。日本には賃金の下方硬直性はなかった。大手企業の正社員にはあったかも知れないが、不本意に低賃金の非正規で働く数百万人にとって賃金の下方硬直性はなかった。

経済学によれば、賃金には下方硬直性があるから企業が雇わなくなり、失業が増え、デフレが続くのだが、日本では、下方硬直性はなく、失業率が他の先進国より圧倒的に低いにも関わらずデフレが続いている。

経済同友会は、この点に着目しており、労働生産性が低い(それはつまり、賃金が安いことである、と経済同友会ははっきりと指摘)サービス業を中心に賃金を質的に引き上げるべく提言を行った。

賃金が安く、いつまで雇用されるかもわからず、不安定雇用だと、人々は物を買えない。少なくともこの400万人は、高いものを長期ローンで買うことはたいへん難しい。車にしろ、家にしろ。あるいは教育といった、数年にわたりお金がかかるもの。

だから経済同友会の提言はまことに時宜を得たものだ。

そして、リーマンショック後に増えた企業債務の返済が終わりに近づき、企業がそろそろ金を借りて投資しようかというタイミングでもある。金融緩和も十分に行なって、企業がより金を借りやすくなっている。

いろいろ舞台は整っている。

政府はぜひ経済同友会の提言を積極的に評価して、かつて雇用の量とひきかえに失った雇用の質を高めるべく、具体的に行動してほしい。
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テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

松尾匡『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼』感想

Synodosで2013年10月から連載していた記事(「小さな政府」という誤解:連載『リスク・責任・決定、そして自由!』)をまとめ、このほど出版された『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼』読了。国や自治体の社会保障政策や、「小さな政府か大きな政府か」といったテーマに興味のある人にお勧めしたい本である。以下、感想。

ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼 (PHP新書)ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼 (PHP新書)
(2014/11/15)
松尾 匡

商品詳細を見る

この本では、まず、1970年代までの国家主導型経済がなぜだめだったのかが描かれる。

70年代までの国家主導型経済が崩壊してからは、新自由主義も、そして新自由主義を批判する人までも、いまではいかに政府に「無駄遣い」させないかに注力しているのだが、この本ではそこの問題意識は、もっともだったとしている。現場を知りもせず、勝手な思い込みや、従来の慣習や利害関係だけで、まったく効果のない分野に金をつぎ込む政府では、飢餓で大勢を死なせたソ連のように、政府がいくら金を使ってもうまくいかなくなってしまう。

そうしたことが、ソ連の崩壊、ハイエク、フリードマン、ルーカスの予想、ゲーム理論、ベーシックインカム、不況下に有効なケインズ政策、スウェーデンのアクティベーションモデル、などなどを解説しながら、説得力をもって描かれている。

この本を読んであらためて思うに、国家の役割は、本来は、国民が最大限に力を発揮して働き、生産して消費して、一方、働けない人はしっかり支えられる、その大きな枠組みを提供するものであるはずだ。決して、民に任せて放置するものであるはずがない。

いま、新自由主義者も、それを批判する人も、同じように大きな政府を厭い、小さな政府・自助をめざしてしまっている。どちらも、不況時にも関わらず政府債務を過大に問題視し、とらわれている。だから再分配もうまくいかず、いくら財政再建をしようとしてもそれもいつまでたっても達成できない。この頸木から逃れるため、ケインズをもう一度現代に復活させよう、ハイエクの慧眼を見直そう、ということなのだ。

本の最後の方に、大きな政府VS.小さな政府の対立軸と、労働側VS.資本側の対立軸をもうけた図が出てきて、興味深く眺めた。このとき、右派も、左派も、ともに大きな政府を嫌い、右派は新自由主義へ、左派は新しい公共(第三の道)へと移動した。でもこれらはどちらも、労働者とは反対側で、小さな政府の面にある。

右派からも左派からも大きな政府が嫌われたのは、その恣意性・裁量的な性格だったのだとすれば、もう一つ、「裁量政府」VS.「基準政府」の軸をもうけてみればいい。
ということで3次元の図も描かれており、これも興味深かった。

これからは、胸先三寸の「裁量的政府」から、人々の予想を確定させる「基準政府」への転換が必要だ(そしてもちろん、左派ならば、労働側であり、大きな政府という選択が示唆されている)。

社会保障や、政府の役割、所得や富の再分配などを論じる際に、まず基礎知識として読んでおきたい本である。

で、あとがきに、おまけのように、政党のサンプルみたいのが書かれていて、「自由ライダー党」「人民戦線・党レッド」「ウルトラの党」の三つのマニフェストサンプルが書かれているのが松尾先生らしいというか。もちろん先生の一押しは「人民戦線・党レッド」なのだが……わたしとしては電通にこのコンセプトのプロモートを依頼したら、どういう党名にするのか見てみたい。

小泉構造改革によって下がり続けた日本の生産性

まずこの図を見てほしい。

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【出典】Turedure Keizai 「財政出動論32 「財政レジーム転換」と長期停滞」

2002年の頭にドル円は最高値をつけ、その後円高に向かったにも関わらず、OECDの中で、日本は一人当たりGDPの順位を下げ続けた。

つまりこれは日本の生産性が他国に比べてどんどん下がったということだ。

生産性の測り方にはいろいろあるが、国単位で見るならば、分子に付加価値を置き、分母は単純に国の人口で割ればいい。つまり国の人口が大きく変わらないならば、GDPの順位が落ちたということは、日本の生産性が他国よりも低くなってしまった。この頃世界はバブルだったから、日本が立ち遅れていたという見方もできるが、いずれにせよ順位が下がっていった。

小泉の構造改革は、生産性を向上させるための施策ではなかったのか?

小林慶一郎という経済学者が口を極めて小泉構造改革を絶賛している。(「小泉改革で経済はどう変わった?」

小泉政権の5年間で、公共事業の削減が続き、談合の摘発も強化された。会社法の改正や、公認会計士への司法的責任追及など、企業法制の環境も大きく変わった。多くの分野で競争原理が強まり、日本経済の体質を強化したといえる。

小泉政権の経済政策には、市場システムを価値観として信奉することからくる突破力があった。

個人や企業の自由な経済活動が、巡り巡って社会全体の福祉を高める、という「市場原理」は自由の理念へのもっとも素朴な信奉というべき仮説だ。


おかげでOECDの中での順位がどんどん下がりましたねって、なんか違う。

どうしてこんなに順位が下がったのか?

Turedure Keizaiでは次のように説明している。

(前略)構造改革は、生産性の式の分母の「投入」つまりコスト削減に作用し、生産性を上昇させるはずだった。だが、需要不足下の市場では、それは同時に、分子の産出額すなわち需要に負の影響を持続的に与えることになり(分子の伸びが抑制された結果)、国際的な比較において相対的には、むしろ生産性は低下したのだ。
この結果、企業の効率化は進み、生きている企業の生産性は上昇したが、人件費の削減で企業の外に出された人々を含む一国全体の生産性は(国際間の相対的な比較では)持続的に低下したのである。

引用元:Turedure Keizai 「財政出動論32 「財政レジーム転換」と長期停滞」



おかげで、低所得者層や、無職者(就職活動さえ諦めた人々)が増加し、日本の中間層の下に下層が生まれた。そしてそれは、固定化しつつある。

再度小林慶一郎氏の小泉改革絶賛を味わっていただこう。

市場システムをよりよいものにしていくことが目的である、という姿勢で、これまでの改革の不備をただしていく必要がある。

つまり、格差是正などの課題に対しては、競争制限的な政策ではなく、市場ルールの整備など競争環境を洗練することによって、対処していくべきである。特に、労働市場の改革によって、公正な労働環境を作ることが、格差解消への道であり、無駄な公共事業や政府の直接介入は、厳に慎むべきであろう。



高度成長期に添った日本の企業別メンバーシップ型雇用は変わっていくだろうが、この人に労働市場を改革させたらとんでもないことになりそうだ。公共事業を無駄と切り捨てているようでは、この人の助言のもとでは景気回復も未来永劫ないだろう。政府への不信感はリバタリアニズムにも通じる。

ところでこうした状況を評して「今の日本は拒食症で体重が減り続けているのでしょうか?私には年齢を重ねて年相応に落ち着いてきているだけに見えます。むしろ、成人病(社会保障費の膨張)に備えてダイエットした方が良いのでは?」などという経済学者もいる。https://twitter.com/hatano1113/status/532861937118228481

若者の自殺率が増え続けているいまの状況を「(国が)年相応に落ち着いてきている」とはまことに呑気な物言いである。牛丼福祉レジームで著名な社会学者を思い出す。

金融緩和にせよ、財政出動にせよ、不況下における国の役割を認識し、国が積極的に経済成長と雇用創出の環境を整えるように、さまざまに提言活動をする人を支援していきたい。

利害関係者であること

最近、内閣府「子ども・子育て会議」委員である駒崎弘樹氏が、「財務省レク」を受けたこと、10%への消費税増税を予定通り実施することに賛同であることを表明し、ネットで騒ぎとなっている。

私は駒崎氏が「コミットメント」を重視していることを理解できるし、また彼が自分の立場と利害を明確にして意見を述べていることについて支持する。

これはこのエントリの本題ではないが、先に私の意見を述べると、1年なり2年なり、とにかくインフレ率が実質で2%程度で定着するまで、消費税増税を延期してほしい。その後1%刻みで増税するとか、そういうゆるやかな実施を望む。それから、どうしても直近でプラスしなければならない社会保障費を含めて予算建てしたときに、今の歳入見込みで足りない分は、国債を新規発行すべきである。

しかし本当にこれ(国債新規発行することにより、増税と引き換えに約束された社会保障費を、増税の有無にかかわらず間違いなく支出する)を実現できるかどうか、私個人は確約などできない。したがって、財務省やら政治家やらが「消費税増税したら子育て費用をこれだけ出す」とコミットメントしているならば、駒崎氏から見ればコミットできない個人の意見など取るにたりない、ということになるだろう。

駒崎氏にとって必要なのは約束であり、曖昧な期待や予想では彼を動かすことはできない。彼を動かすためには、どうにかして政府や官僚から別のコミットを引き出さなければならない。少なくともその方向性を示さなければならない。

次に、駒崎氏は利害関係者だから、自分の事業に金が欲しいだけだから、といって、非難する意見もみられる。しかし、私はそれには与しない。

様々な利害関係者が、具体的な利害をはっきりと示して、意見を戦わせるべきなのだ。そして、お互いに納得できる点を見出していく。これほど高等教育を受けた人が多い国で、民主主義はそのようでなければならないと思う。

私自身は低所得者なので、ハッキリ言って5%から8%の消費税増税もひどくきつく感じる。これで来年、賃金が増えないままに10%に増税されたら、何を切り詰めればいいのか、頭が痛い。

一方で、「hamachanブログ/「ワシの年金」バカが福祉を殺す」で批判されているような、年金をたんまりもらっていながらラディカルな「小さな政府」路線の老人たちにとっては、実際、10%の消費税を払うことなど「みんなちょっと節約すればいいんだ。ちなみに自分は節約しなくてもこれぐらい大丈夫」といった感覚でしかないだろう。

それに、「私自身は、社会保障、あと教育に全額支出されるなら消費税30%でも40%でも、あるいは他の所得税・相続税増税も許容するんだけどな。負担と給付をセットで考えるから。もちろん今すぐ上げろ、という意味では無い。長期の話」とツイートするような人もいる。

こうしたいろんな状況にいてそれぞれ別個の利害を持っている人々が、みんな正直に自分の利害をさらけ出して、駆け引きをすべきなのだ。

ネットで匿名で発信する人の多くは、いったいその人自身はどういう状況にいて、どうだったら本当に困って、どうだったら本当にうれしいのかがちっともわからない人ばっかりだ。仮に誰か弱者の意見を代弁しているとしても、その代弁している対象はどういう人物像なのかがちっとも見えてこない。というか、たぶんあんまり具体的にイメージできていないままに、何となく自分の頭の中でぼんやりしたイメージをつくりあげて、それが本当かどうか、じっくり考えもせずに、発信している人が大半だ。

駒崎氏のように自分の立場と利害を明確にすることが、民主主義の第一歩だと思う。

立場の違いを明確にすること、そうしてどうやってその違う人々と折り合って共存するか、議論し、方法を見つけることが重要だ。


『経済政策で人は死ぬか?』感想と、アイスランドに学ぶべきこと「今は国債を出してくれ」

『経済政策で人は死ぬか?』読了。訳者あとがきによれば、「これは二人の若い学者の意欲的な活動から生まれた本で、公衆衛生学の分野から行政に、さらには政策決定の場に一石を投じ、英米を中心に話題を呼んでいる」とのこと。

経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生学から見た不況対策

この本を読めば、IMFがいかにクソったれかということが良くわかる。

IMFはバブルが崩壊するなどして経済的に崩壊した国に金を貸す「最後の貸し手」だ。金を貸すのはいい。問題はその貸し方だ。IMFから金を借りるしか他に選択肢のない国に対し、緊縮財政を求める。不況のときにこそ、国は国民を救わなくてはいけないのに、IMFの条件はそれを不可能にするのだ。

IMFのせいで社会保障やインフラ投資をとことん削る羽目になった国々では、国民の多くが絶望の中で自殺に追いやられ、アルコール依存になり、性産業でのコンドームなしのセックスや、麻薬注射針の使い回しでHIVになっている。安価な予防医療が受けられないせいで、感染症が増えたり、重病になってから病院に行くためにかえって医療負担が増えている。感染症の増加は他の国にとっても脅威となる。

民間投資が徹底的に控えられているような不況の中で国による公共事業もなくなったら、国民の失業率は高まり、貧困のために内需は激減し、さらに仕事がなくなる。これでは経済回復などしようがない。

ところで世界のIMFがこんなものなのだから、日本のリベラルサヨクが「財政再建ガー、国債破綻リスクガー」と言うとしても、別にそれは日本のサヨクが他の国の人々に比べて特別に経済無知なわけではない。経済学的な教養のある人からない人まで含めて、世界の半分がそんなものだ、と思った方が良い。

話を戻せば、アジア危機後のタイでも、ギリシャ危機後のギリシャでも、IMFは多くの人々を殺してきたと言える。

ソ連崩壊後の民営化プロセスでも、IMFは急速な民営化を主張した。当時それが良いと主張する経済学者が何人もいた。ソ連の人々は短期的な痛みに耐え、長期的な果実を受け取れというわけだ。ところがいつまでたっても痛みは消えなかった。上から下まですべてがソ連の体制を前提にしてつくられていた生産プロセスを、民営化に添ったものにするには、本当はもっと時間をかけるべきだったのだ。痛みに耐え切れず、何百万人もの人々が絶望の中で死んでいった。

スティグリッツはさすがで、資本主義は一夜でできるものではないと、斬新的民営化を強く主張したという。時間かけて法や規制を整備し自然に市場が育つようにすべきだと。

ミルトン・フリードマンは後年、ロシアを急速に民営化させたことについて「あれは間違いだった。スティグリッツの方が正しかった」と語ったそうだ。

IMFはアジア通貨危機でもまたやった。タイに金を貸し、緊縮政策を取らせた。貧困は悪化し、農村の娘たちは身を売り、HIVが蔓延。結局それは国の活力を奪い回復を遅らせてしまう。そんな国に、そんな時期に居合わせた人々は不幸だ。

IMFはギリシャ危機でもまたやった。金を貸した上で緊縮させる。不況と緊縮政策のせいでアテネではHIV感染が拡大、ホームレスが急増、自殺率上昇。それなのにさらに医療費を削減していった。

そこまでやっても経済は回復しない。失業者と貧困ばかりで国内には内需がない。借りた金は海外への返済に消える。本当にこれが、IMFの望む姿なんだろうか?

IMFは国を潰して回ってる。何度も間違い、その間違いを後で認めるのにまた間違いをおかす。

そんな中、ある国は奇跡のような展開をたどった。その国とはアイスランドである。

リーマンショック後のアイスランドは、IMFから融資を受けざるを得なかったが、2010年、海外債権者への返済に関する法案を大統領が拒否、国民投票に委ね、国民投票で否決された。
アイスランドは医療と社会福祉費を減らさなかった。
自殺は増えず、死亡率も悪化せず、現在、経済も回復している。

アイスランドの大統領が、なぜ海外債権者への返済をIMFのプレッシャーを跳ね除けて拒否できたか。国民の抗議デモが効いたのだという。ある議員はこう言った。「抗議の声ははっきり届いています。国民が変化を求めていることはわかっています」

IMFは事後評価レポートでこのように書いている。

アイスランド政府は危機後も福祉国家としての根幹を守るという目標を掲げ、そのために福祉を堅持した…まず歳出削減においては福祉を損なわないように配慮し、また歳入増加においては富裕層への増税を柱とした。


アイスランドから学べることがある。日本の国民も、こんな不況時のさらなる増税(緊縮)にははっきりNoと言えば良い。そして必要な社会保障費は、増税を延期している間でも、国に出させなければならない。国は国民が納得するならそれができる。どんな政権であっても、国民がしっかり言えばいいのだ。

日本でいま、子育て費や介護費、生活保護費が不足していたり、医療費削減をさせてはならないと思うなら、「誰か経済学者が、不況時に国債発行でまかなっても大丈夫だと保証してくれ」だとか、「あんたがたが政府を説得して国債を発行させてみれば?」だとか、国民どうしでお互いにそんな風にいう必要はないのだ。

われわれは一斉に政府の方を向いて「今は国債を出してくれ」と声を揃えれば良いのである。


プロフィール

Author:アリス
資本主義の国のアリス

リベラル&ソーシャル。
最近ケインジアン。

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