雇用制度を論じる「有識者」からサプライサイド・シバキアゲ論者を取り除け

人材派遣のパソナグループ代表南部靖之・会長竹中平蔵共編の『これから「働き方」はどうなるのか』を読んでみた。


これから「働き方」はどうなるのかこれから「働き方」はどうなるのか
(2010/02/27)
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雇用問題を扱う類書で決まって論じられるように、日本の年功制・終身雇用体系が批判されている。

日本の雇用体系の問題はわたしも感じている。中高年の雇用コストが押し上げられ、デフレの中で企業が十分な人数を雇用できなくなっている。そして、解雇するなら中高年からということになるが、解雇されると正社員での再就職は著しく困難で、非正規など低い条件でしか働けなくなり、悲惨なことになる。

つまり日本の雇用状況が活性化するには、この賃金体系を崩さないといけない。

ここまではわかる。

でも、現実を見ると、そのために行われている施策が、「低賃金の非正規が増える」ことにしかつながっていないように見えるのはどういうことなんだろう。正社員の労働時間がちっとも減らず、低賃金の非正規の割合が増えているせいで、日本の労働者の生産性がひどく低くなってしまっているのだ。人材派遣は、そこをどう改善できているというのだろうか。

南部氏によると、男女の平均賃金には差があるが、正社員で働けているならまだマシで、なかでもひどい差別待遇を受けているのは、結婚退社して子育てと両立して働きたいが、受け入れ先のない女性たちだという。そういう女性たちが、短時間労働できるよう、パソナの前身となるテンポラリー・センターを立ち上げたのだと。

ちなみに製造業の派遣は、南部氏は賛成ではなかったという。ただ、日本の製造業において、長年存在していた親会社・子会社・孫会社・請負会社というピラミッド構造が、派遣制度の導入と連動して、注目を浴びることになったという。

そして派遣のおかげで幸せな生活を送っているという事例をいくつか挙げている。

  • 子育てのために電力会社の課長職を捨てて、定時で帰れる派遣社員になった女性。(何も書かれていないが、夫は普通に会社員なのだろう)
  • 法律事務所を退職して自営で事務所を立ち上げるために、派遣で働きながら勉強して、事務所の開設にこぎつけた女性。
  • 派遣でコールセンターで働きながらジャズシンガーをしている女性。

こういう人々が「多様な働き方」をするために、派遣はあるということだろう。
つまり、本当は正社員で働きたいのに、企業が採用を絞っているからそうできない人たちのための制度ではないのだ。
しかし、いまの日本で問題になっているのはどちらの人々なのだろうか。

昔は中流であり得た層が二分化し、下層は固定化しつつある。正社員と非正規の間に大きな溝がある。こうしたことが日本の景気の足を引っ張っているし、社会不安も引き起こす。若者の自殺率は相変わらず高い。

派遣という働き方は、いまのところ、年功序列や終身雇用制度の改革に何の役にもたっていない。
派遣でも正社員と同等の賃金が得られるようになれば、初めて派遣をきっかけとした雇用体系改革の可能性が出てくるというものだ。
賃金の同等性を達成できないうちからいばらないで欲しい。

また同著では、八代尚宏氏の文章を引用している。

《雇用や賃金の改善は、規制強化ではなく、経済成長からしか生み出されない。成長戦略の大きなカギの一つが、一部の既得権を守ることではなく、労働者全体にとっての公平で流動性の高い労働市場の形成である。》


そうはいっても、公平性が担保されないまま、流動性ばかり促進しているのではないか。まず公平性をどうやって担保するのか、それを提言すべきだ。

南部氏は章の最後にこう書く。

働く人を取り巻く環境はすでに大きく変わっているにもかかわらず、いつまでも企業に雇用や教育、社会保障のすべてを頼る「企業依存社会」では、結局困るのは働く個人、国民一人ひとりである。


それは私も同感だが、《「個人自立社会」への転換が必要である》といって、すべてを個人の能力・競争力に還元する南部氏の新自由主義にはまったく反対だ。企業から個人へではない。社会保障の役割は、今後、企業から国にどのようにスムーズに移行するかが鍵となるはずだ。

同著では竹中平蔵氏も1章を書き、いかに個人の自助自立が重要かを説いている。さすがサプライサイド・しばきあげ・新自由主義論者である。

賃金が下がり、失業してかわいそうだからという理由で、さまざまな補助や援助を与えて過保護にしている。そんなことをしていると、人はどんどん弱くなって、結局は国民負担が増えることになる。


スウェーデンを見れば、国が責任もって一定の経済成長を確保し、雇用の全体量を増やし、それなりの国民負担によって、さまざまな補助や援助を与えることが、国民を弱めてなどいないことは明らかだ。それどころか、竹中氏がひどく心配している少子化も、スウェーデンは克服している。

南部氏も竹中氏も、スウェーデンやオランダモデルを目指そうという同じ口で、それを実現するのにふさわしい社会保障制度を提言せずに、雇用流動化・個人能力主義だけを促進しているのだ。それでうまくいくわけがない。

いまの日本社会に必要なのは、国による経済成長へのコミットと、社会保障制度の充実、そして労働者の健康を守る規制だ。それによって、人々が意に沿わない労働環境を耐えなくても良くなるようにしなければならない。

そうして初めて、非効率的な日本の年功制の終身雇用・無限定奴隷的正社員制度は改革されていくのだ。

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残業代ゼロ制度は武田薬品工業のエリート社員向けのものだった?

ふとした素朴なつぶやきがまたしてもhamachan先生に補足されてしまった。

これ本当にこんな風に考える人がいるんだろうか?: hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)

https://twitter.com/alicewonder113/status/477396838480224256

これ本当にこんな風に考える人がいるんだろうか?でもいるから困ってるのか/“あたかも労働時間規制を外せば自由気ままに働けて、仕事と育児の両立もできるようになり、マミートラックも解消するなどという奇妙な議論すらいまだに出回っている”

そんなおバカな人がいるというのはまったく信じられないんだけど、他のことでもいろいろ信じられないような考え方をする人がいっぱいいるからなぁ……



わたしも、このところ残業代ゼロ制度が実施されようとしていることは知っているのだが、本当に誰かがそんな風に考えているのか、というのがどうしても納得できていなかった。

もしかすると、日本のこの数十年の労働慣行のうち、時代とそぐわなくなっている部分を修正したいのだが、いろいろしゃべっているうちに口が滑ったのを、マスコミがはやしたてているだけじゃないかとか勘繰っていた。

それぐらい、残業代ゼロ制度を進める根拠として、成果主義だの、女性の社会参加だのを目的とすることが、バカバカしいと思えるのだ。

わたしの素朴な疑問に対して、濱口先生の挙げた実例の一つが、「長谷川ペーパー」と呼ばれるものだ。「個人と企業の成長のための新たな働き方 ~多様で柔軟性ある労働時間制度・透明性ある雇用関係の実現に向けて~」(PDF)という文書である。

これは私も知っていて、一度は目を通している。しかしそれも、建前を言葉に落とし込んだらこうなってしまった、という類のものだと思っていた。

しかし、濱口先生がこうして実例として示すぐらいだから、長谷川さんという人はもしかすると本気でこういう風に考えているのかも知れない。常識的に考えれば「そんなバカな」と思ってしまうが、人が育ってきた家庭環境、克服してきた困難、周りにいる人材の性質、それらによって、まったく現実と合わないことを思い込んでしまうということは、ありそうな話でもある。

そこで少し長谷川閑史さんや、長谷川さんが社長をしているという武田薬品工業という会社のことをネットで検索してみた。

(2010年12月取材に基づいて書かれた記事)スペシャル対談 長谷川閑史/武田薬品工業 代表取締役社長×滝川クリステル│滝川クリステル いま、一番気になる仕事|連載|WEB GOETHE

長谷川 武田は今、全世界に2万人、日本に9000人くらいの従業員がいます。従って、半分以上は海外の人ですし、売り上げの50%程度は海外です。それだけグローバル化しているにもかかわらず、日本の武田が日本人の、しかも男性だけでずっとやっていけると考えること自体がもう難しい。だから、まずはトップから変えなければいけないということで、取締役会メンバーに外国人を入れたりしてきたわけですが、今、1年半くらい経って、ようやく会議でもディベートというか、積極的な議論ができるようになってきました。それまではやはり、日本人は議論が苦手だったんですけれどもね(笑)。

長谷川 まぁ、シカゴの現地法人では社長をやっていましたから。スタッフミーティングをやって何か指示をしても、最初に返ってくる答えが“Why?”(笑)。だから、必ず“Because~”と説明することは鍛えられました。でも、日本の場合はそういうカルチャーがないですから、それはやっぱりオーバーナイトでは変わりません。けれども、少し前から思いきって、キーポジションにリーダーシップがあってディシジョンメイキングができる外国人を据え、その下に日本人をつけたことで、徐々に変わってきたようには思います。



なるほどねぇ。こういう感じ。

もう一つ紹介するのはこちら。

武田薬品工業の評判 | 製薬企業まとめ | MRJOB.info≫転職の悩み解決!医療関係者が教える求人サイトの徹底活用術

完全な能力主義、成果主義査定が導入されるようで、

一時期平均年収約1000万あったのが、現在では業界8位の平均920万です。
だいたい30才くらいで見切られて使えない人は切られるらしい。
けど能力ある人には給料いいみたい。
その辺りははっきりしているようですね。

経費はバンバン使えて、かつ医師の評価がかなりいいという噂からも想像するに、
エリート中のエリート、戦いに勝ったものだけが生き残れる会社なのだろう。


だいたい武田薬品工業に就職、転職出来る人は一人でもやっていける能力があるので、
関係ないといえば関係ないだろうな~(笑)

会社が潰れたとしてもやっていける自信がないと武田薬品工業で働けないだろうね。


やっぱり就職するのも大変だが、
就職してからも大変な会社である事は間違いない。
かなりのスキルを求められる。
それだけにかなりのやりがいはあるだろうね。

他の企業とは違い相当の覚悟と決意を持たなければ、オススメできない会社だね(笑)



ここに書かれている武田薬品の社員像はまさに、「残業代ゼロ制度」の対象者そのものではないだろうか?

そしてこういうエリート社員ばかりいる会社で暮らしていると、「成果主義による賃金の支払い」が、現実社会に適用できるような気分になってしまうのだろう。

武田薬品工業という会社に、エリートの、そのまた上澄みが集まってくるのは、長谷川氏のようなトップの力ではあるだろう。そうした集団が、それなりに質の高い仕事をするのも事実だろう。

しかしそのようなごく一部の、自力で何でもやれるスーパーマン的人材の集団を前提にして、社会全体の労働時間や、労働報酬のあり方に大きく影響するような制度をつくってしまっていいのだろうか。

こうしてみると、残業代ゼロ制度は、まるで武田薬品工業のためにつくられたような制度だ。長谷川さんは、こうして改革をすれば、自社の人件費は削減できる一方で、社員はステキなイノベーションを生み出してくれると信じているのだ。そして、自らが2010年問題と呼ぶ特許切れ問題のせいか、このところ大きく下がってしまった営業利益率を、何とか立て直せるというのだろう。

しかし、日本にとってより喫緊の問題は、低賃金化、長時間労働、非正規の増加といったところにある。国がまず手をつけるべきは、どうやって低賃金の労働者の収入を上げていくか、どうやって非正規の待遇を正社員に近づけるか、もしくは非正規を(メンバーシップ型でない)正社員にするか、に尽きると思うのだが。

あと最近気になるものとして、中小企業の効率性はあるが、少なくとも大企業のさらにその上澄みのエリートたちを対象にした施策は、喫緊のものとは到底思えない。

下の方を引き上げる施策が、需要を引きおこし、少子化を食い止め、GDPの成長にもつながる。

日本では中流が二分化して、非正規を主体とした下層が生まれている。日本の競争力を上げるためには、中流から上をいじる制度ではなく、下層を引き上げる施策が必要だ。

武田薬品工業のような企業の社員の働き方などは、長時間労働さえ禁止しておけば、その他のことは二の次どころか十番目、百番目ぐらいに考えればいいはすだ。

その優先順位を、国のトップがわかっていたら、武田薬品工業のトップなどを産業競争力会議の議員に据えることはないだろう。

産業競争力会議の議員の選定はまったく間違っているのではないだろうか。だんだんそういう気がしてきた。
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Author:アリス
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