今週、派遣法改正がすったもんだの末、衆議院を通過した。
今回の派遣法改正については、総合的に考えれば「派遣」の有期性を改めて定義し、(専門職になるだろうが)派遣元の無期雇用を前提に無期派遣も可能とする点、そしてすべての派遣事業者を許可制へと改め、有象無象の事業者を将来的に切り捨てる点において、私はプラスに評価している。
法改正としては、派遣という働き方を認める以上、やむを得ない方向だと思うが、個々に派遣労働者を見れば、今回の派遣法改正で、短期的には不利益を受ける人が出てくる。
従来“
「生涯派遣奴隷」の法改悪やめよ”と主張している国家公務員一般労働組合の井上伸氏が賛同している「
派遣労働者の不安を国会議員にぶつけるアクション 緊急アンケート」では、
法改正をせず、このまま有期雇用を永遠に繰り返せるままにしてほしい、という派遣労働者の声が集められている。
派遣労働者の悲痛な声】3年ごとに蟻地獄へ突き落とされる派遣法改悪は国から死ねと言われるのと一緒常々不思議に思うのだが、一方で「生涯派遣奴隷を止めろ」といいながら、今回の三年で同一人物の派遣を止める方は、「国から死ねと言われるのと一緒」とも言っている。これをどう整合性を取るのか。
忖度して考えてみれば、要するにどんな法であれ制度であれ、いま働いている人が働けなくなることに、すべて反対しているのだろう。その気持ちはわからないでもない。
しかし法律なのだから、方向付けしかできない。全体の方向づけとしては、派遣というものの有期性を、現在一般事務にも流用されている「専門26業種」という枠を取っ払って、改めて規定するのだから、国公一般の人が従来主張している「生涯派遣奴隷を止めろ」に添った改正だと言える。
彼らが集めたアンケートは貴重な証言だ。ケーススタディとして考えてみると、ことの本質が見えてくるだろう。
冒頭の証言を見てみよう。
「派遣法改悪で将来ホームレスになるしかない 部品扱いの派遣、何が楽しくて生きているのか分からない、早く死にたい(40代 女性 OA機器操作 現在の職場での派遣期間8年)」
今回の派遣法改悪で、個人単位3年間になったら、年齢的にもう次の仕事は見つからないと思います。将来ホームレスになるしかないと思います。周りの派遣はみんなその不安を持っています。派遣先企業は、派遣を正規雇用には絶対にしません。個人単位3年間にすることにより、誰が得するんでしょうか? 政治家と経団連ですか? 消費税増税しても、私達派遣は1円たりとも給料は上がりません。部品扱いなので。なにが楽しくて生きているのか分かりません。早く死にたいです。正規は仕事しない出来ない人達ばかりで、派遣や協力会社の人達が必死に仕事をして成り立っています。そういう人達がボーナスを貰う権利があるのにと。何故こんなに理不尽な世の中になってしまったのでしょうか。この職場にいるとつくづく日本はもう終わったなと思います。
派遣労働者の悲痛な声】3年ごとに蟻地獄へ突き落とされる派遣法改悪は国から死ねと言われるのと一緒
この方は「OA機器操作」で派遣されているわけだが、そもそも「OA機器操作」というものは、正社員では代替不可能なほど、専門性が高い業務だろうか?8年間も同じ仕事を続けているということは、この会社はそもそも正社員を雇って、この業務に就かせるべきではないだろうか。この人がこの業務に8年も短期契約の繰り返しで就いているということ自体が、現行派遣法の不備を良く体現している。
この人の証言では「正規は仕事しない出来ない人達ばかり」とのことである。「そういう人達がボーナスを貰う権利がある」それが理不尽だとのことである。
結局、日本の正社員はその会社の「メンバー」であることに給与が払われているのであって、仕事ができる・できないによって払われているのではないということも、この証言から見て取れる。
さて、法改正によって、専門26業種であっても、三年を超えて同じ人を同じ職場に派遣させてはならないとなると、この職場はどうなるだろうか。もしこの会社が本当に「正規は仕事しない出来ない人達ばかりで、派遣や協力会社の人達が必死に仕事をして成り立って」いるとしたら、三年でゴロゴロ人を入れ替えたら、生産性が激減し、利益率が下がるだろう。本来、市場競争が有効に働いていれば、そういう会社は競争から脱落し、廃業に向かうことになる。この会社が競争力を保つためには、三年後に育った派遣社員を無期雇用にして雇うという判断がなされるだろう。
世間では、派遣を直接雇用する会社なんか見たことも聞いたこともないという人もいるが、実際のところ、そういう会社はある。たとえば次の事例がある。
現在私は26業務(CADオペレーター)として派遣社員として10年間働いております。
派遣会社から企業に派遣されています。
今回この派遣先の会社で26業務以外で働いている方(一般事務)で3年以上働くことになる方が数名正社員になられます。26業種以外は3年たったら直接雇用か、新たな派遣を雇うかだそうです。
派遣先の会社では辞めさせるということはせず、無条件で誰でも直接雇用にするという方針です。
(Yahoo!知恵袋) 2014年 派遣法改正について
この事例では質問者はたまたま専門26業種であったため、3年の上限が適用されず、直接雇用対象から外れてしまったが、今回の法改正で質問者も直接雇用の対象になるだろう。
全体に対する割合はどうかというと、一般社団法人日本人材派遣協会が行なっているアンケート(
PDF)を見ると、「派遣先の企業から、正社員または非正社員(契約社員・パート・アルバイト等)で「直接雇用を打診された」ことがある人は計34.8%。そのうち、正社員としての直接雇用を打診された人は17.9%」とのことである。
本来、市場競争が有効に働くならば、派遣法改正によって派遣労働者の直接雇用化は増えるだろう、と考えられる。ただし、最初の緊急アンケートの証言で一つだけ問題なのは「個人単位3年間になったら、年齢的にもう次の仕事は見つからないと思います。」という部分だ。現状、派遣に限らず、中高年の雇用について、非常に大きな懸念がある。これについてはこの後でもう少し考えてみたい。
その前に、緊急アンケートから、もう一つの事例を見てみよう。
派遣法改悪で希望が一切持てなくなる
40代 女性 研究開発 現在の職場での派遣期間12年
研究開発部門で研究開発業務に携わっています。研究者や技術者の手からこぼれるこまごましたことを担っており、薄くても幅広い知識や技能が必要なため同じスキルを持った人はそうそういないし、人を入れ替えても事足りる仕事ではありません。派遣という立場に満足はしていませんが、今の職場で今の仕事をするためにはその道しかなく、専門26業務なら「来年はどうなるか」という不安は常にあっても派遣先が派遣切りをしない限り「この先も自分を必要としてくれる場所で自分の能力で役に立つことができる」と希望をつなぐことができます。でも、自由化業務になってしまったらその希望は一切持てません。また、派遣先の職場で能力や人柄が買われていても、派遣というだけでその職場で働ける年数が区切られることにも納得がいきません。
改正案では派遣会社にいくつかの義務を課していますが、特に与党の議員には以下のことを問いたいです。
・派遣労働者に対する計画的な教育訓練や希望者へのキャリア・コンサルティングを派遣元に義務付け
→すでに専門的な技術を持った派遣にどのような教育訓練がさせられるんですか? 派遣会社が素直にそのようなコストを負うと思いますか?
・派遣期間終了時の派遣労働者の雇用安定措置(雇用を継続するための措置)を派遣元に義務付け
→「直接雇用を働きかけました。でも、ダメですと言われました」で終了することは目に見ています。新たな派遣先の提供だって、今自分が持っている能力を生かせる場所がそうあるとは思えませんし、年齢のことだってあります。
現在26業務で働く人たちが自由化業務に強制移行させられ、3年後には一斉に今の職場を取り上げられる事態は、どう考えても雇用の安定とは逆行しています。派遣労働者を心ある人間として扱わず、派遣会社に責任を押し付け、大企業の得のみを考えた派遣法の改正には断固反対します。
派遣労働者の悲痛な声】3年ごとに蟻地獄へ突き落とされる派遣法改悪は国から死ねと言われるのと一緒
この事例では、「すでに専門的な技術を持った派遣にどのような教育訓練がさせられるんですか?」と聞いているぐらいなので、この人自身にすでに専門的スキルがあり、それを活かして就業している事例である。
法改正によって、このような専門職は派遣会社が無期雇用することによって、派遣先でも無期で働けるようになる。ただし、この人自身が本当にそれに成功するかどうかは、個別の話なので何とも言えないが。法改正の趣旨としてはそうなる。
そもそも今回の派遣法改正に反対している人は、派遣の無期化を「生涯奴隷化」といって反対している。
私は本当にわからないのだが、どうして井上伸氏などは「生涯奴隷化を防げ」と言っているくせに、専門スキルを活かした派遣の継続を望むこういう証言を、堂々と自ブログに載せられるのだろうか。
さて、派遣法改正にともない、よりくっきりと顕になるのは、中高年の雇用安定化の問題である。たとえば下記の記事。
十九日の衆院厚生労働委員会を傍聴した都内の派遣社員の女性(56)は「三年後には辞めてもらうと言われている。一人一人の生活がかかっていることを、賛成した議員はどう考えているのか」と話し、泣き崩れた。
東京新聞:「生活が…」泣き崩れる傍聴者 派遣法改正案 衆院通過へ:政治(TOKYO Web)
日本のバブル崩壊後、デフレが20年続き、非正規割合が増加する中で、すでに非正規でずっと働いてきている人が大勢いる。特に女性は、これまで、そもそも正社員という選択肢が男性に比べるとずっと選びにくかったわけだから、非正規で働いてきた人が多い。こうした女性の非正規の中高年を、今後社会はどうするつもりなのか、というのが非常に大きな問題となる。
いまでは男性も低所得が多いから、結婚さえすれば女性が働かなくて良いという時代でもなくなった。高齢で一人暮らしの女性も昔に比べればずいぶん増えただろう。
バブルが崩壊して20年、今後年金生活に入る高齢者の中には、十分に年金がもらえない人が、男性も女性も増えてくるだろう。
男性も女性もともに、より長く働き、それなりの収入を得なければならない時代である。
一つだけ希望があるとすれば、このところ人手不足が続いていることだ。教育が行き届いている日本の中高年や老人を、もっと活かせるはずだ。50歳であっても60歳であっても、女性であっても、ずっと非正規できた人であっても、職業能力を開発してそれなりの給料を払って働いてもらえるよう、環境や制度を整備していく必要があるということだ。それは派遣法改正反対ではない、もっと別の枠組みになる。