人手不足で賃金は上がるか?リフレだけでなく、賃金上昇への取り組みを

筆者は2012年末にリフレ論を知って、経済成長と再分配をともに主張することができる唯一の論ではないかと思って支持していたのだが、最近になって非正規が増えても人手不足により賃金が上がるから、問題はないのだという論がかまびすしくなってくると、そこは違うのではないかと思うようになってきた。

一般に日本では1990年頃まで完全失業率は1~2%代のきわめて低い水準を保っていたが、バブル崩壊以降、1995年には3%代、98年には4%代と上昇を続け、リーマン・ショック後は、5%代の高水準になった、と言われてきて、日本にとって4%や5%の失業率は高いのだと認識されている。

最近リフレ派はしばしば、アベノミクス導入後に失業率が劇的に改善して、3%台になったと言及する。

リフレ派の考え方では、次のように論立てることができると思う。

  • 0)金融緩和のおかげで、人手不足になってきた。
  • 1)このまま人手不足が続けば、やがて非正規の賃金も上がっていくだろう。
  • 2)そうすれば非正規を雇うメリットが少なくなり、企業は正規の割合を増やすようになるだろう。
  • 3)賃金が上がっていけば、人々の購買力が上がり、需要が増え、企業の売り上げにつながり、企業の設備投資意欲を引き起こすだろう。
  • 4)企業に設備投資意欲が出れば、内部留保をつかって事業拡大をし、それを使い切れば借入をするようになり、金利が上がる。
  • 5)人々の賃金が上がり、企業の収益が増えれば、税収が増えて、公共サービスもやりやすくなるだろう。

本当に人手不足が続くと、賃金は上がるのだろうか。

まず参考として従業員数の推移グラフを示す。(労働統計データ検索システムより作成)
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正社員数は減っていて、パートタイムは増え、フルタイム非正社員は微増。正社員に対する割合としては明らかに増えている。

フルタイム非正社員の賃金は、平成21年の賃金構造基本統計調査で、女性で182~250万、男性で200~344万円/年である。一方男性正社員の年収は、246~691万円で、40代、50代の正社員と非正社員の開きははなはだしい。
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出典:若年非正規雇用の現状と年金を含めた社会的保護のあり方(PDF)

日本では正社員こそ賃金の下方硬直性が存在しているが、非正規のフルタイム従業員が増えているということは、結局賃金の下方硬直性など存在しなかったということである。

そして、人手不足はそもそもアベノミクス以前から続いていた。全体としてみれば、2009年に有効求人数が底を打ってから、一直線に改善しているのである。
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また、最近になって「アベノミクスのおかげで飲食店で人手不足になり、デフレ企業が苦しんでいる」と言われるが、飲食店の人手の過不足状況は、2012年の初めから同じようなものであるし、2012年後半と比べるとむしろ人手不足が解消傾向にある。

すき家の場合はそもそもワンオペという無理な運用で店を回して経営が成り立っていたので、ただそれを改善するというだけで苦しむ羽目になったのであって、特別にアベノミクスが効いたというものでもないのではないか。(下の2図は労働統計データ検索システムより作成)

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それから、タイの失業率はずっと低いが、2012年までの最低賃金引き上げ政策までは、低賃金も同時に続いていた。というより、まさに賃金が低いことそれ自体が、低失業率の主要な原因ではないかと推測する論文もある。

2012年までのタイの最低賃金の推移
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出典:なぜタイの失業率は低いのか? - 経済社会総合研究所(PDF)

タイは2012年に最低賃金を40%引き上げた。経済学では、最低賃金を上げると、失業率、特に若年労働者の失業率が上がるというが、タイではそんなことはなかったようだ。2012年のタイの失業率は0.7で、2014年9月では0.8である。

2013年5月の三菱東京UFJ銀行のレポートでは下のようにまとめられている。

この結果、企業負担は増加したが、経営効率化や政府の企業支援策により、目下のところ企業活動への影響は限定的にとどまっているとみられる。また、人件費上昇を製品価格に転嫁する動きはあるものの、期待インフレ率は加速しておらず、物価は安定している。このようななか、家計の実質購買力が高まり、消費は好調を維持している。総じてみると、最低賃金引き上げが与えるマイナスの影響は当初懸念されていたほど大きくなく、むしろ消費の拡大を通じて景気全体を押し上げているといえる。
http://www.bk.mufg.jp/report/ecoinf2013/report_Thai_20130514.pdf



このように見てくると、日本に必要なのは、低所得者層の賃金の引き上げだと考えられる。

低所得者層に給付を行なうのも緊急措置としては良いが、結局、長年の低所得というのは、低年金につながってしまう。「健康で文化的」な暮らしが営めないほど低年金では、犯罪も増えてしまうだろう。病気の兆候があっても病院に行けず、重症化してから病院にかかり、早くに寝たきりになってしまう老人が増える可能性も高い。
そして健康で長く働けない年寄りが増えるということは、税収が減って年金給付や生活保護は増えてしまうという、ネガティブスパイラルにおちいっていくことになる。

下のレポートは、若年に焦点を置いているが、いまや中高年非正規にもまったく同じことが当てはまる。

若年非正規雇用の現状と年金を含めた社会的保護のあり方(PDF)

緊急に雇用対策と低賃金対策が、国策として必要だ。

これらは職業教育にも直結している。たとえば日本ではIT技術者の雇用状況DIを見ると、3年にわたり人手不足感が強い。データベースの活用方法や、プログラミングなど、直接、比較的高収入の雇用につながる職業教育支援を国策として積極的に打っていくべきではないだろうか。

もちろん、ITだけではなく、介護や福祉分野も同様である。しかし介護や福祉は、利用者側が高額のサービス料金を支払いできないという問題があるので、それも含めた国の対策が必要となる。

ところで賃金上昇政策といえば、シンガポールでも80年代に実施している。インフレ時に実施したので、デフレ下の日本では完全に参考にはできないが、一つの参考にはなるだろう。シンガポールは、賃金上昇政策、IT化、文化産業振興と取り組んできて、いまやそれらを行ないつつ次のフェーズ、社会福祉の充実へ重点を移行しつつある。日本は後追いになるし、デフレ・少子高齢化での賃金上昇に取り組まなければならないという点については、シンガポールよりはタイが参考になるかも知れない。しかし、IT化、文化振興、社会福祉の充実という、賃金とともに、日本がまさに現在直面している課題への取り組みで、参考にできる部分も多いかもしれない。

シンガポールにおける情報経済の発展と文化産業政策(PDF)
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No title

>日本では正社員こそ賃金の下方硬直性が存在しているが、非正規のフルタイム従業員が増えているということは、結局賃金の下方硬直性など存在しなかったということである。

これは違う。正規雇用者が非正規へと切り替えられたなら賃金の下方硬直性は無いと言えるが、実際はそうではない。最初の働き口として正規の職がなかった、もしくは一度(自分の意思かどうかにはかかわらず)離職して非正規になっている。これは賃金の下方硬直性があるからこそ、発生する問題。

平均賃金が下がったことは賃金の下方硬直性の非存在を意味しない。

Re: No title

MTさん

正規採用を抑えて、非正規採用を増やしている、ということだと思います。
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